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ひとみ系創作」
美女丸のお話

雨降る夜に

2006.08.21  *Edit 

それから私たちは、お膳に乗せられて運ばれてきた夕食を頂いた。純和風の夕食はまるで高級旅館さながらのもので、上品な味付けがとってもおいしかった。
でも。高級旅館も顔負けのこのお屋敷も、このお膳に載せられた夕食も、確かにすばらしいものだけれど、なんとなく物悲しいような気持ちになった。なんだか、ずっと旅行に来ているみたいだ。

「ねぇ、静香。静香はいつもこういう食事をしているの?」

『一人で?』という言葉は飲み込んだ。静香には家族がいない。親族もいないと聞いた。
天涯孤独。そんな人がいるということを静香に会って始めて気付いた。でも、この家の使用人さんたちはとっても優しい。静香のことを皆心配しているもの。

「ああ、そうだな。今日はお前が来ているから少し豪華だが、まあ似たり寄ったりだ。」

こともなげに静香は言う。やっぱり一人なんだと感じた。
静香の、心に触れたい。静香の、寂しさを知りたい。
静香の優しさや、凛々しさや、素敵なところだけじゃなくて、静香の寂しさや弱さを知りたいと思うほどに、私は静香のことが好きだ。
他の人には絶対に見せない静香の姿が見たい・・。

「どうした?」

箸の進まない私に、静香が問いかけてきた。
私は正直に自分の気持ちを伝えてもいいものか、すこし戸惑ってしまった。
だって、あんまりにも生活感が無くて、もの悲しい感じがする、なんて言えない。

「ん、ちょっと・・・、考え事。」

「そうか。」

静香はちょっと眉をしかめて一言だけそういった。
やがて食事も終わろうというころ、旅館の仲居さんのように、弾上家にお勤めしている女中さんがやってきて、『湯殿の用意が出来ました』といった。
湯殿って、お風呂よね?急に現実味を帯びてきた静香と過ごす夜に、私は戸惑った。
静香と付き合い始めて1年。キスを交わすことさえ、半年かかった。
静香にしてみれば、いいかげんな気持ちで付き合っていたくないのかもしれないけれど、私はずっと不安だった。
好きな人に求められたいと思うことの何がいけないのだろう。愛されている実感がほしかった。
でもこうして現実のモノになろうとしている今、私の中は不安と戸惑いと、期待と喜びと、そうしてなぜか、逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。
心臓がばくばくと今までにないほどのリズムを刻み、呼吸が苦しい。私はいつ食べたのかもわからないけれど、すっかり空になったお膳の上をじっと見つめることしか出来なかった。

ふと、視線を感じた。
その視線の持ち主はいまや一人しかいない。そっと視線だけを上げ、上目遣いで静香を見ると、静香は気遣うような瞳を私に向けていて、そしてほんの少し苦しそうだった。

「今日は、帰るか?」

そういった静香は、少し悲しそうに見えた。悲しそう、なんて言ったら、静香はものすごく怒りそうだけど、正直に言うと、そんな静香の顔が見られて嬉しかった。
私は、ちょっとだけ心が軽くなるのを感じた。静香は鈍い。でも、優しい。だから、静香なら信じられる。

「ううん。・・・大丈夫。」

それから私たちはお風呂に向かった。弾上家のお風呂はやっぱり高級旅館のように男女別に分かれていて、白木の引き戸を開けて中に入ると、ヒノキのいい香りがした。

「うわぁ・・。すごい・・。」

まるで本当に旅館にいるみたいだった・・・。コレが自宅のお風呂だなんて信じられない。
私は何だか落ち着くような、落ち着かないような微妙な気持ちで、浴室に入った。
広い浴室の中は、暖かな湯気で満たされていて、もちろん、家にあるような浴槽なんかじゃなく、低い位置に総ヒノキの広い湯船があった。
今頃静香も、こうしてお風呂に入っているんだろうか。こんな広い湯舟にたった一人で。
どこにいても、この家はさびしい感じがする。
家族がいないって、こんなにも家も人もさびしくしてしまうんだろうか。

なんとなく沈んだ気持ちになって、お風呂から上がると、白地に撫子色や桜色のナデシコを散らした浴衣がおいてあった。浴衣の着付けなんてやったことがなかったので、見よう見まねで浴衣を羽織ると、若紫色の兵児帯を巻いた。子供のころに着せてもらった浴衣に締めたものとは違う上質な手触りと幅広の兵児帯は柔らかで長く、両端に房が付いていた。
帯なんて締めたことのない私に、女中さんが気を使ってくれたんだろうか。
普段着慣れない浴衣に気を良くした私は、浴室を後にした。もう静香も部屋に戻ってきているだろうか。

先ほど食事をした座敷に戻るために庭に面した廊下を歩いていると、夜の日本庭園は雨に打たれてひっそりと寂しそうに見えた。どこもかしこもこんなに立派なのに、この家は、どうしてこんなに寂しそうなんだろう。
静香に会いたい。早く、静香の顔が見たい。心からそう思った。この家の寂しさから静香を守りたいと思う。
長い廊下の上に、さっきまで静香と一緒にいた部屋の明かりが漏れていた。白い障子の向こうに静香の影が映る。
私はそっとその障子を開けた。
生成りに濃藍の織り模様が入った麻の単に、黒っぽい角帯を締めた静香の様子は、まるで七五三みたいな私とは違って、着馴れていて凛々しく、ため息の出そうなほど素敵だった。

「どうした? はいらないのか?」

障子をあけたまま静香に見とれてしまって、私は部屋に入るのも忘れてしまっていた。あわてて、部屋に入り、障子を閉めると静香がじっと私を見つめていた。
少し驚いたような、意識を何かに奪われたような表情で私を見る静香の瞳に、私は恥ずかしくなって口を開いた。

「やっぱり変?浴衣なんて着馴れてなくて・・・。」

あんまりにもじっと見つめられてしまって、恥ずかしかった。まじまじと自分の姿を見るけれど、どこがどう変なのかもわからなくてぎゅっと袖口を握り締めた。

「まいったな。」

困ったような声に驚いて静香を見ると、片手で口元を覆うようにして、少し驚いたような、何だか照れたような表情で、でもまっすぐに私を見据えたままポツリと一言だけ言った。

「・・すごく、・・・綺麗だ。」

不意打ちだった。まさか静香がこんなことを言うなんて思っていなかったから。
急に顔が熱くなる。自分が真っ赤な顔をしているのが安易に想像できた。本当なら『ありがとう』とか『ホント?』とか『何言ってんの?』とか何かしらの反応を示すほうがいいんだろうけど、私はあんまりにも驚いてしまって、何にも言うことができなかった。ただただ顔を真っ赤にして、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしていたと思う。自分では見えないけれど。

「・・・・座れ。」

顔を赤くして突っ立ったままだった私に静香が声をかけた。さっきよりも照れた様子で、ふいと私から顔を背けてすぐ前におかれていた日本酒の蒼いグラスを手に取った。冷えて汗をかいていたグラスの中身をぐいっと煽る。

「オレが・・、そういうことを言っちゃいかんのか?」

静香の頬が少し赤い。その涼しげな瞳は、私からそらされたまま戻ってきていなかった。私はなんと答えようか少し迷ったけれど、小さな声で答えた。

「ううん・・。嬉しい。」

私の一言で、静香の顔はさらに赤くなり、ちょっと怒ったようにグラスと同じ色の硝子の徳利から冷たく冷えた日本酒を2つの蒼いグラスに注いで、片方を私に差し出した。
あんまりにもぶっきらぼうな差し出し方に思わず笑ってしまいそうだった。でも、ここで笑ったら静香はきっとものすごく怒るだろうと思って、私は懸命に笑いを収めて、グラスを受け取った。
お酒を一口口にすると、湯上りの火照った体に、お酒の冷たさが通り過ぎていくのがわかる。静香が選んでくれたお酒は、多分いいお酒なんだろう。口当たりが良くて、ほんの少し甘く、フルーティーな味がした。

それから私たちは、時々他愛もない話をしながら、お酒を飲んだ。お互い会話が途切れたときに訪れる微妙な空気と所在無さを感じながら、それに気付かない振りをしていた。
その間もずっと雨は降り続けていた。

また会話が途切れた。もうこれで何度目だろう。私たちはずっとこのままなんだろうか。
大分酔いの回ってきた頭で考えても、この状況を変えるきっかけは思い浮かびそうになかった。

「ね。静香は小さいころ『美女丸』って呼ばれていたんでしょう?どうして?」

私がこの甲府にやってきたのは大学に入ってからだった。親元を離れて初めての一人暮らしをはじめてからもう数年が過ぎていた。静香と知り合って、話をしたりしているうちに彼が小さい頃『美女丸』と呼ばれていたことを知った。今でも親しい友人たちは『美女丸』と呼んでいるらしい。あの・・・、彼女も。

「ああ、『美女丸』は元服前の幼名だ。」

静香はこともなげにさらっと答えた。元服!古めかしい弾上家に昔のままのしきたりやら、家訓やらがあるってことはうすうす感じてはいたけれど、元服だなんて!
静香と私のあまりの育ち方の違いに驚くと同時に、あの彼女は静香が『美女丸』だったときを知っている人なんだと思った。

「ねぇ・・。美女丸って、呼んでいい?」

それは嫉妬だった。あの彼女は『美女丸』って呼んでいた。ただそれだけのことなのに、私の知らない静香がそこにはいるようで、すごく嫌だった。

「何で幼名なんかで呼びたがるんだ?」

静香は鈍い。でもその鈍さが今はありがたかった。静香の過去に嫉妬しているなんて知られたくない。

「お前がそうしたいなら・・・、好きにしろ。」

私の目の前に置かれた蒼いグラスが、今の私の心の中を移したようにたくさんの冷たい汗をかいていた。なんとなく私の気持ちが静香に見られてしまっているような気がして、私はあわてて目の前のグラスの中身を飲み干した。
いつもとは違った飲み方をする私を、静香が驚いたように見つめていた。確かにいつもだったらこんな飲み方はしないし、量だっていつもよりも断然多かった。

「帰りたいのか?」

ためらうように静香の瞳が揺れていた。その瞳にさえ胸が高鳴る。
私の中は今、愛しさと嫉妬と不安と戸惑いで占められていた。飲みすぎたお酒のせいで何も考えることが出来ない。
私は小さく首を振った。声に出さないまま“違う”と告げる。
障子の外の雨音が強くなった。
この部屋には今、二人しかいなかった。静香と・・・、私だけ。
軽い衣擦れの音が響いて、静香がまん中に置かれていた座卓を回り私のそばへとやってきた。私のすぐ目の前で片ひざを付き、そっと私の肩に静香の大きな手が置かれる。

「帰りたいのなら、今すぐ、帰れ。今なら・・・、帰してやれる。」

静香の手に力がこもる。静香の手が、私を求めていた。静香の瞳が、『帰したくない』と言っていた。私を求める静香の大きな手が、瞳が、泣きたいほど嬉しかった。

「・・・帰りたくなんてない。お願い・・、帰したりしないで。」

雨の音がする。
激しくなる一方の雨音が、少しずつ私の理性を奪っていく。
私は両肩に置かれた静香の引き締まった腕の片方に頬を寄せ、唇を寄せた。
もっと雨が降ればいい。帰らずにすむ理由がほしかった。
体の奥がじんわりと熱い。耳の奥で鳴り響いている騒音が、雨の音なのか自分の鼓動の音なのかわからなかった。
空気が色を変え、さっきまでの戸惑いがどこかへ消えていくのを感じていた。静香のたくましい腕に頬を寄せたまま、静香の顔を覗き込むと、一際明るく稲光が煌めき、雷鳴と共に部屋の明かりが突然消えた。
水を張った水盤に浮かべられていた丸い蝋燭の明かりだけがぼんやりと浮かび上がる。
橙色の頼りない明かりの元で、静香の顔がまっすぐに私へと向けられていた。
静香の涼やかな瞳に宿る炎にように激しい光に射抜かれる。
もう何の音も聞こえなかった。今はもう、静香しか見えない。

私の肩に置かれていた静香の腕の片方が私の体を支えるように背中へと回り、もう一方の腕が私の肩を押した。橙の小さな明かりしかないこの部屋の中で、静香の身体が近づく。
背中にたたみの硬さを感じ、湿気を含んだ伊草の香りが私の鼻腔をくすぐった。
雷光が時々障子を照らす。その光のたびに浮かび上がる静香は妙に凛々しくて潔い感じがした。

「もう、帰してやれん。・・いいな?」

静香の両肘が私の顔のすぐ脇に付かれ、静香の顔が近づく。吐息さえ触れてしまいそうな距離で見つめられる。

「オレのものに・・・、なってくれるか?」

その言葉と共に静香の体の重みを感じた。さっきまで静香の言葉しか聞こえなかった私の耳に、急にざあざあという雨音がうるさいほどに聞こえた。


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