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ひとみ系創作」
美女丸のお話

春告草

2006.08.21  *Edit 

梅が咲いた。
梅に限らず、花の咲くのを見ると、思い出す顔がある。
寒空の下で凛と咲く紅梅を見ると、あいつの強さを思い出す。
もし、この枝を一枝手折れば、梅の木は嘆くだろうか。持ち帰って愛でれば、花は悲しみに散ってしまうのだろうか。
ほのかな梅の香に酔いながら、そんなことをつらつらと考える。
眼にも鮮やかな紅梅はまだ冷たい風に吹かれ、オレを過去へと誘う。
しばしの間、過ぎ去りし過去の出来事に想いをはせても良いと、誘う。
梅よ。しばしの間だけ、その誘いに乗ろう。
オレは目を閉じた。瞼の裏に蘇るのは、あいつの笑顔。
あいつは今、幸せでいるだろうか。
幸せでいるのなら、それでいい。
己のこの手で、幸せにしたくはなかったかと問われれば、否とは言えない。だが、梅は手折らず、根を張る大地に留めおくほうがいい。
俺の心に咲く紅梅は、今も大地とともにあるだろうか。
大地はいつも、紅梅を優しく包んでいるだろうか。
遠く離れた梅の香よ。オレに教えてはくれまいか。


「若様~。若様、どこにいらっしゃいますか~。」

年若い弾上家の女中が主を探している。庭に面した長い廊下を歩きながら呼びかけている。
静かな廊下に、女中の声が響き、静寂を破る。かの女中だけでなく、ほかの使用人たちも主である、弾上藤一郎宗影静香を探して、呼びかけているようだ。

「若~。まったくどちらへいかれたんだか。」

「あっ、若様・・。」

年若い女中が主を見つけたようだった。声をかけようと視線を向けたその先で、まだ年若い主は、庭にただ一本植えられた梅の木に身をもたせかけ、目を伏せていた。

「・・・・・・。」

その姿はさながら梅の木の化身のようで。女中も声をかけるのがはばかられるほどに、優美な光景だった。
「若様はご立派になられたのう。」

「本当に・・・。」

使用人たちがため息とともに囁きあう。彼らの年若い主は、近年特に見目麗しい青年になっていた。
この姿形にも勝るほどの心意気をも兼ね備えた主は、どういうわけか女性に頓着しない。
今だって、通算30回目になろうかという縁談のことで、皆で主を探していたのだ。
縁談の相手はいずれも劣らぬ子女ばかりだというのに、写真すらも見ようとはしない。
この弾上家には主のほかには血縁者もなく、家の存続のためにはどうしても跡取りが必要だ。それなのにこの主はその気になれば嫁のきてには事欠かないだろうと思えるにもかかわらず、一向にその気が無いようなのだ。

「若様には誰か想う方がいらっしゃるのかのう・・・。」

長年勤めている庭師がため息とともに言葉を吐いた。



梅の香に想いをはせていたら、どうやら眠り込んでしまったらしい。
懐かしい夢を見た。
季節は春、殊更に輝いていた一瞬の夢。
この美しく咲き誇る紅梅がひと時の夢を見させてくれたのかもしれない。
オレは頭を振って立ち上がった。今日は、この梅の見える部屋で休もう。
咲き誇る梅の枝を手折らずにすむように。


通いの使用人たちが帰ってしまうと、この広すぎる家は、静寂に包まれる。
己のほかに誰もいないこの家は、まるで家自体が眠りについてしまったかのように思える。
それは寂しいとか、悲しいとかいう感傷ではなく、己自身の内に向かう時間。
オレは毎夜鏡に問う。
今オレは、弾上藤一郎宗影静香としてふさわしい生き方をしているか。
弾上家第30代当主として、誇りとともに生きているか。
ただ一人己の心に住まわせた女の幸せを、手折ることなく見守ることができているか。

強さが欲しいと思う。
己を律する強さ。
ただ一人愛しいと思う女の幸せを願う強さ。
少しでも気を抜けば、あいつを欲してしまうこの身を律する強さが・・・欲しい。

窓の外では、紅梅が微笑むように揺れていた。春は、近い。


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